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付。すおめんこうるとぅす。 [機密漏洩]

ひさしぶりにこのブログを見てみたら、upしてないネタが1つ残っていた。
昨日風呂で読んだ朝日の『東大から教授陣流出』の記事にリンクするんでねーべか、ということで。
2011年12月半ばに打ってあったネタを今更ながら上げさせて頂きます。<(_ _)>〃 

> 昨日、高校に早めに行ったら、職員室の机の上に『中国式トランプ』と英語で書かれたナゾの箱があった。帰り際にコーヒー休憩していたイソペッカにこれなあに?と聞いたら、午前中に中国から視察団が来た、その土産だと言っていた。日本のみならず、中国や韓国からもお客さんが見えるそうで、校長軍団だったらしい。フィンランドは有名だからねーと言ったら、イソペッカ独自の『フィンランド教育が何故優秀か』論を教えてくれた。タダで(笑)

 理由1 教員がアカデミックであること/小学校〜高校まで、どの教員も修士+1年間の『教員としての能力』を学ぶ期間がある。イソペッカの場合は化学/数学の人なので専門だけで6年、それプラス1年を経て教員になっている。なので皆、自分の専門には自信を持っている。

 理由2 フィンランドの国全体として教育制度が整っている。(としか聞いてないので、その詳細はナゾ。個人的偏見を混ぜると、国が詳細を規定すること無く、各自治体/各学校に任せているのもあるだろうし、でも到達すべきラインを全国テストなどで計っているのから、そういう点がいいのかもしれない。)

 理由3 生徒数が少なく、少人数でのグループを形成出来る。(人口が圧倒的に違うからねぇ。)

 理由4 教員の地位の安定/「2ヶ月間の夏休みがあるというのはとっても大きい」とイソペッカは語る。「学期中はフル回転で授業をし、2ヶ月間に回転を下げ、また1年間回転し続ける。この回転のアップダウンが、教員には必要だ。」だそうですよ。

生徒同様、教員という職業は自分の経験がどこでいつフィードバックされるか分からないから、種を蒔く時間も必要なワケで。イソペッカのこのお言葉には深く同意する。どこかの国みたいに、教員が遊んでていいのかとか言っちゃう空気は、何とも切なくて哀しい。なんかね。思ってもいないくせに、嘲る時だけ「先生のくせに」とか「聖職者」とか言うんだもんなー、マスコミも市井のみなさまも。うぅ、フィンランドでグチグチだ(泣)

・・・以上がフィンランドで書いたグチでございました(笑)
なお、このイソペッカ、6月に日本来襲予定です。

みぬんふばまとかに、もいロヴァニエミ! [季節]

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・・・ありゃ。

こんばんは。

気がつきゃ23時じゃないですか。

もう寝なきゃ。

ロヴァニエミ最後の夜は快晴で、ひょいと窓から外を見たら、絶対アレは極光だった。

だって、夕方たくみさんちに行って帰り際、もう出てたし。

最終夜に極光を出して下さるとは、何という心憎い演出なんでしょう☆

ロヴァニエミ最後の夜に、自信を持って言えることが1つ、出来ました。

『イソは、フィンランドのロヴァニエミで、最高の1年を過ごしました。』

ロヴァニエミのすべての関係者のみなさま、ならびに在ロヴァの日本人のみなさま、そして、日本から私を応援して下さったみなさま、ならびにならびに、このブログを読んで下さったみなさま、心からどうもありがとうございました。

え?まだ日本に着いてないのに何故ブログを終わりにするのかって?
そりゃあ勿論ヒミツ企画があるんですよ、タダでは終わりませんぜぇ(笑)

まだ付合ってやんべー、という物好きなお方(失礼極まり無し)は、以下のサイトに跳んで下さい。

http://isonpienimatka.blog.so-net.ne.jp/

気がつきゃ2012年も春、ラップランドも春。
この地にどうか、大きな祝福がありますように☆

ロヴァニエミ、
だいすきだぁああ!!!!!
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以上、クントティエ5号棟454号室から愛を叫びました。

どうもありがとう。m(_ _ *)m 
もいもい、ロヴァニエミ〜☆

ゔぃーこったいねん いそ3 [生活]

まだ2月が終わらないよ、ひな祭りも終わったのに(笑)。
 
<28日 火曜> つづき。
インターンinクントティエは私独りになってしまう。。。
さみしくなりながら必死に米を炊き、苦戦しつつも気合いだけで寿司を巻いた。

思えばホスト校の高校の先生たちとは、こういう形ではほとんど交流してなかった(私の授業は放課後だったから)。
寿司の具はカニかま("Sulimi"=「すり身」という名前で、大きいスーパーで売っている)/玉子焼き/レタス/パプリカ/スモークサーモンと、カリフォルニアロール/サラダ巻っぽい感じにしてみた。
フィン人は、甘辛というか甘いのとしょっぱいのが同居してる味は大丈夫そうな気がする。
(でも海苔のニオイがキツ過ぎる、と後で軍曹に言われた。。。)

それから9時半過ぎに部屋を出、カタヤ小学校に向かった。この日はカレヴァランパイヴァ(カレヴァラの日)+スオマライネンクルットゥーリンパイヴァ(フィン人の文化の日)だったのだ。国旗掲揚されてます。
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体育館に入ったら、早速プロジェクタが用意されていた。
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カレバラというのは、フィンランドに伝わる『カレバラ叙事詩』のことで、世界創造から始まる神話をフィン古語の詩で表した文学。子ども向けに書かれた物語もあって、それに沿って生徒たちが描いた絵や人形などをプレゼンしてたな。
でもって、以前かおりさんから聞いていた『カンテレ』というラップランドの楽器も生徒が披露した。
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動画をアップしたかったんですが、容量が大き過ぎ+編集出来ずダメでした。スミマセン。
詳細はこんな感じ。
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弦楽器ですな。5本の鋼線らしきものが張られていて、調音してから使う。本体の裏が空洞になっているので、よく響きます。音的にはハープに似てる。

のんびり生徒の発表を楽しんでいたら、いきなり司会をしていた校長に名前を呼ばれ、のそのそ出て行った。どうやら私が帰国する、と全校生徒の前で告知してくれたようだ。ありがたや。
アンネ・リーサが用意したと思われるマリメッコのキャンドルホルダーを贈ってくれた。会が終了後、教室に戻る生徒たちと握手してサヨナラした。こっちの子も内気だと聞いていたが、中には本当に寂しがってハグしてくれる子も居た。うーん、名前まで覚えてもらってしまってうれしいなぁ(半泣)。

しんみりしつつカタヤを出て、道路を挟んで向かい側の中学に寄り、ティーナに例のブツ(フィン料理の日本語訳レシピ)を渡した。まぁこれでとりあえずは宿題終了かな。一旦寿司を取りに部屋に戻る。

えっさほいさと大きな包みを抱えて高校に行った。ひょいと覗いたら、凄いケーキ!
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うへー、美味そう。。。
寿司をテーブルに置き、授業を終えたばかりの先生たちや軍曹と話していたら、いつの間にか3時。
イソペッカのところに滞在中の、日本から来たたなかさんといいよしさんに初めてお会いした。話には聞いていたんだけど、エスペラント語の会話を聞いたのって初めてだ。日本人率が高くなってちょっと安心(なんだそりゃ)。

送別会の時間になったが、まだ全員集まっていないと校長が言う。誰だろー?と思っていたらドアが開いた。ん?と思って振り返った瞬間凍った。
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じゃーん。(よく見ると右手奥で私がビビっている。)
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公式彼氏の登場です(笑)
彼は本当にサンタ村公認の『公式サンタ』さんだ。非公式はいっぱいいるんだけど、持ち物と語り口調、あとから軍曹に聞いた話を総合するに、公式サンタさんだった。
彼は私の隣に座り、ありがたいサンタ訓話ならぬサンタ物語を話して下さった。

私が知った新事実。
1 サンタが24日に全世界を回れるのは、日本から始めて日付変更線に沿って移動して行くから
  (サンタ村にある時空軸を操作するから、の方が、個人的には好きなんだけどなー)
2 真っ赤なお鼻のトナカイさんの名前は『ルドルフ』。
3 ルドルフのお鼻は、12月はじめから徐々に赤くなる。
4 幼かった頃、彼が会いに来てくれたらしいが、残念なことに私は寝てたそうな。

というわけで(?)ルドルフもビックリの『クマ除け鈴(牛が付けてそうな、結構デカイヤツ)』を貰い、更には軍曹が私にリサーチして購入したマリメッコの『ヘルシンキ』シリーズのショルダーバッグまで彼の麻袋から出て来た。
最後はこのショットっすよ。トホホ(苦笑)
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彼氏が村へ帰って行ったあと「オマエが最初だよ〜」と言われてケーキとコーヒーを取る。あまりの美味しさにおかわりしてしまった。先生たちに笑顔でお礼を述べ、この日は終了。

<29日 水曜>
待ち〜に待った、特注品が日本から到着☆!!!早速翌日のニババーラ小学校に一発お見舞いした。素晴らしい出来上がりに「日本の職人さん万歳!!」とクントティエで愛を叫ぶ(笑)。
何なのかというと、まだロヴァニエミ関係者を全員驚かせ終わっていないため企業秘密(苦笑)。

<3月1日 木曜>
特注品を持ってニババーラ小学校 襲撃 訪問。お世話になってどうもありがとうだけをわざわざ言いに行く外国人もそうはおるまいて。
ついでに授業に飛び入りさせてもらい、2年生と九九の計算をしたり、図工で水性パステルで絵を書いたり音楽で一緒に歌ったり。
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<3月3日 金曜>
冷蔵庫に残っていた食材と、スーパーでシイタケシエニ(要するにシイタケ菌のフィンランド産)を使って最後の切干し大根煮。ぼけーっとしてたらトゥンマシーラッピを入れ過ぎて、ちょっとフィンランド色の濃い切り干し大根になってしまった。。。
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これをもってたくみさんちに押し掛けて行き、夜9時前から爆睡。

<3月4日 土曜>
たくみさんちからバスに乗り市外に出て、かおりさんと共に森林博物館『ピルケ』を訪ねる。
アルクティクムに並び、非常〜〜〜に味わい深い、面白い博物館です。まず建物からしてデザインが良いっす。
ロヴァニエミにいらしたときは是非訪ねて頂きたい、というわけでリンクはコチラ。http://www.sciencecentre-pilke.fi/
かおりさんとお茶した後、今度はコルンディに行った。両館共通券が10ユーロ(12年3月現在)なのです。
http://www.korundi.fi/Kulttuuritalo_Korundi/in_english.iw3
カメラを持って行かなかったので写真は無いのですが、えへぇええ。。。みたいな感じのショックを受ける現代芸術とか。やっぱフィン人の芸術センスって何か違う気がするよ、うん。

夜7時前にトゥーラが来てくれて、市街のギリシア料理レストランへ行った。2人とも初めて行ったのだが、感想。
「私は塩っぱい味が好きでいろんなものに塩をかけちゃうんだけど、このギリシア料理はかけなくても良いくらい塩っぱいね。。。」byトゥーラ
日本人も塩っぱいもの好きだけど、確かにこれはいくらなんでもちょっと。。。な塩っぱさだった。しかも量が多過ぎて、持ち帰りで箱に詰めてもらった。

5号棟前で停めて、トゥーラがわざわざ車を降りて来た。
「最後だからハグしてお別れ」
トゥーラが支えてくれたから、初めての小学校に、ニババーラにもカタヤにも安心して行けたんだよ、と話しているうちに塩っぱくなって来た。うぅ、鼻水まで出て来た。
e-mailがあるから、私たちはつながってるからね、と彼女は話して去って行った。
うん、そうだね、つながっているんだもんね(泣)。

そういうわけで、ここまでが今日3月3日(あ、もう4日になってた)までの出来事。

フィンランド時間5日夕方6時(日本時間6日午前1時)頃、イソはロヴァニエミを出ます。
ロヴァとお別れまで、あと1日。




いはな、すおめんねいと。


ゔぃーこったいねん いそ2 [生活]

雪が積もったり溶けたりを繰り返している2月はあっという間で、何だかせわしかった。
ほったらかしていたら、ベランダがすごいことになっていた。
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でもそれでもほったらかし。(3月になって片付けた)

<先週20日 月曜>
クントティエ組のれいこさんが、遂に帰国。午前中にお別れしに行って、そのままラップランド大学にふらふら出掛けてみた。大学のデザインが素敵なのよーとかティーナが言ってたし、このクントティエでアホ騒ぎしている学生たちは、ラップランド大の短期交換留学者がほとんどだ。面白そうだから見てみよう。
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なかなか良い感じの構内。学生課に行ってみたけど、交換留学の担当者パイヴィさんは会議中だったのでパンフレットだけ貰い、学食でお昼を食べ、小さい購買を覗いて帰った。フィンランド国内で法学を学ぶならば、ヘルシンキ大かここくらいしか無いらしい。

<21日 火曜>
イソパイヴィの手芸講座に最後の飛び入り。市立図書館横のラピンタロで待ち合わせだったので出掛けていったら、雪だるまが何かしている。
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なんじゃコイツはと思ったら『ロヴァニエミデザインウィーク』の一環ぽい。
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ヘルシンキで今年、街や国内の商業関係のデザインにスポットをあてるイベントがあるらしいのだけど、どうやらそれに連動しているらしい。展示がちょっと小規模だったけれど、町のいたるところで分散して行なわれているので仕方ない。

1615ちょい過ぎにイソパイヴィ車が来て、ロヴァから更に北、ノルヴァヤルヴィの廃校に1800前に着いた。
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生徒さんは全部で6人だが、職業学校からインターンに来ているヤンナに通訳になってもらい、折り紙を4作品ほどをやる。コーヒー休憩を挟んでから三味線を弾いて見せ、その後自分を見本にして着物の着付けを見せたら着物はきつくてハードなのねぇ!と驚かれた。
では生徒さんの作品/手編みの靴下をどうぞ
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サーミのものと思われる、独特のパターンと色使い。綺麗ですな。
この人はお孫さんの生まれた記念に、こんな刺繍もしたらしい
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ヤンナは古着のセーターで、ぬいぐるみを作っていた。かわいい。
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あと、フェルトを加工してブーツを作ったり、石けんを入れたボディースポンジみたいなものを作っている生徒さんもいた。
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イソパイヴィの凄いのは、本当に手先が器用なことだろう。天性の勘なのか分からないけど、折り紙をする時に、丁寧で綺麗に折るコツを分かっていた。ビックリした。さすが手芸の先生だ。
何とか全部片付いて、帰宅したのが23時前だった。

<22日 水曜>
午前中は洗濯をしたり、部屋の片付け+荷造り。夕方は1月に行なわれた、鹿児島行きツアーの説明会『ジャパンイブ』第2回目。
この日に至るまではいろいろあった。1週間前にティーナからメールがあり、
「高校生たちが『作りたい』って言うから、何か簡単な日本食を作るのはどうかしら?例えばオニギリとか。アスコーと一緒に買い出しに行ってほしいんだけど、日程は彼と決めてね☆ ;)」
と前触れも無く注文が来た。
日本に行くのに何で日本食よ?しかもオニギリとか!!と呆気にとられ、クントティエ組に愚痴ったところ
「どうせならフィンランドの定番料理にすれば良いのに!そしたら日本のホストファミリーにも作ってみせられるじゃないですか!」
という切り返しがあり、即採用。あつっぅうくティーナにフィン食調理実習の必要性をメールし、ダメ押しに
「もし(私が担当する日本の)生徒が海外留学することになったら、教師としては自国の文化や料理を教え込んで送り出すと思うよ」
と付け加えた(クントティエ組では「日本に行きゃ、コンビニでオニギリ買えるじゃーん☆」というツッコミがあったことも明記しておこう)。ティーナは「だって高校生たちが云々」とか言っていたが、とにかくダメ押しをしつこく重ね、何とか方向転換してもらった。よしよし、ふぅ。
代替案として、フィン料理の英訳レシピを日本語に直し、必要な食材を日本で買えるようプリントにしましょうと伝えた。

でもって当日。1730にアスコーが迎えに来てくれて、ランツに行った。
ティーナ「日本語訳したメニューを持って来た?」
ワタシ 「え、今日やってみてから訳すんだと思ってたんだけど。」
ワタシ 「で、結局何作るの?」
ティーナ「ホットチョコレート。」

・・・待て。フィン人なのに、
「日本でも食材があって、高校生でも作れそうなフィン料理無い?」
日本人の私に聞いていたのに(しかも私はようさんに相談して4品提案した)、結局それも作らないぃ???
ティーナが宇宙人に思えて来た。でも彼女はそんなのもお構いなしに、調理室で生徒たちをグループに分け、それぞれに自己紹介をさせるオリエンテーションを始めた。
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(調理室の意味無いやん)とツッコミを心の内で入れつつ、でも高校生たちもそれなりにお互い興味を持って自己紹介していたようである。そのあと様々な質問が飛び出し、それに答えることになった。
例えば「日本には蚊以外にどんな虫がいるの」とか「花粉症なんだけど、日本の5月ってどうなの?」など。
そういう視点で考えたことがなかったんだけど、日本はいろんなちっさい虫がいるよなーと。こっちでは部屋の隅で蜘蛛が巣を張らないし、ゴキブリもいないし、小バエも冬はいない。でも無害だからーと言っておいたけど、もしかしたら彼らは日本の蚊の免疫がないかもしれない(分からないけど)。

そんなこんなして20時前にイブ終了。
「アナタに来てもらったから助かったわぁ」
と言われたが、別にワタシいなくても何とかなったんじゃん??という心のつぶやきは隠しておいた。
 
<23日 木曜>
再び荷造り。ナカナカ進まず。
ご近所のポロカツに住むキルスティさんちの夕飯にお誘い頂き、日本から旅行で来たまいさんたちに会う。

<24日 金曜>
軍曹っちの実家で最後の『ぱらすさうなまーいるまっさ』= Best Sauna in the world. に入れてもらう。軍曹っちで習った、私が唯一ちゃんと言えるフィン語だ。
友人帳を持って行き、軍曹とお姉ちゃんのアウリッキに書いてもらった。マルケッタ母さんのサインは、なんとサンタの隣だ。何たって御歳94歳(今月で95歳)ですからな!
食事が終わり、軍曹が台所で洗い物をしながら「時の経つのは早いなぁ」なんて言い出したせいで、2人してしんみりするどころかつられて泣いてしまった。
「まだ泣くのは早いよねぇ」と言ったら「泣くのに時は関係無い」と言われた(泣)。

最近軍曹が妙にメランコリックで、涙腺が緩い気がする。イギリス仕込みのツンデレじゃなくなってきたので、どうしちゃったんだい?な気分だ(ちょっと心配)。
軍曹はやっぱりツンデレじゃないと、と思いながら雪道を歩いてたらコケそうになった。このところマイナス10度台をキープ。

<25日 土曜>
まいさんたちとトナカイソリツアーに出る(『ぽろんあよこるってぃ』参照)。夕方、町で彼女たちと別れ、軍曹に連れられて20時にイソパイヴィんち。築70年以上の古い家を改装しながら、イソパイヴィ・旦那さんのイスモ・子ども3人+ヒツジ2頭・雌鶏7匹・雄鶏1匹・犬4頭・ネコ1匹・熱帯魚かなり、が暮らす大家族だ。
イスモは生物の先生だかららしいが、如何せん動物多いでしょー。よく養っていけるなぁと感動した。
そんな家族を支える母と息子たちの肖像(軍曹の背中付き)。
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プレゼントしたAKARI折り紙が、ここでも光ってます。帰宅は24時過ぎ。

<26日 日曜>
キリスト教では安息日なので、とりあえず安息してみた。とか言いつつ、帰国まで数日にせまったきたがわ家にお邪魔して、ビールで乾杯。いろいろと話し込んで、気づいたら23時過ぎだった。
こんな風に楽しくお話しした時間というのは、とっても貴重な宝物であるなぁ、とあとから気づくものだ。

<27日 月曜>
朝から大わらわで大掃除兼荷物整理。11時頃に中古屋のオジさんたちが来て、家具を売り飛ばした。いま、クントティエ5号棟4階の私の部屋は、こんなことになっている。
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オジさん曰く「動かすとバラバラになる」という理由で、組み立て式のこの机だけは買ってもらえなかった。なので置いて立ち去るようである。でもって衣類を沢山出したら「妻に見てもらわないと値段を付けられん」と言うので夕方、店に寄った。そしたらくたびれた衣類は引き取ってもらえず、無料コーナー行きになった。
サヨナラの記念に撮影。アノお方たちが居ます。荷物に入らないんだよー(泣)
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さすがに疲れて帰宅、サーリセルカのひとみさんと連絡をしたのち夕飯を作り出したら、きたがわ隊長から入電有り。
「すごいオーロラ出てるよーっっ!!外に出てごらーんっっっ!!!」
慌てて陸部のアップウエアを引っ掛けて外出したら、5号棟の真上に、緑の流線が4本浮かんでいた。
何てこったぁ!! (ちょうどこんな感じの緑色)
この日のブレークアップは凄過ぎて、観測サイトでも記事になっていた。あまりにも極光の動きが早く、カメラを部屋に取りに行くのすら惜しくて、立ち尽くしていた。
あそこまで凄い極光だと、確かに畏怖さえ感じてしまう。いやぁー。。。。
 
<28日 火曜>
きたがわ夫妻が帰国する。日本での再会を楽しみに、朝9時過ぎにご挨拶して別れた。
いよいよインターンinクントティエは私独りだ。。。

ちょっと切ない感じになったところで、『ゔぃーこったいねん/その3』に続く。


「文化交流の橋渡しさんとしては。」


ぽろんあよこるってぃ。 [季節]

フィンランドに来たらやりたいなぁと思っていた野望を、また1つ叶えてしまった。

25日土曜朝は、10時ちょい過ぎ(ちょっと遅れるって所がフィンランド時間。イイ感じ)。
サミの運転するワゴンカーが、ポロカツ(トナカイ通り)で私たちを拾ってくれた。ロヴァニエミから約40キロ東、ラーヌヤルヴィ(折り紙ワークショップでお邪魔した付近)に向かう。
目的地はタトゥカ・トナカイ牧場。去年5月に一度、たくみさんに連れられて寄ったことがあるし、12月にはるいるいとオーロラツアーで来た場所だ。12月末にコタ(サーミ族の移動式住居)が炎上して不運だったけど、トナカイツアーは同じ場所で出来ているようだ、よかった。

牧場に到着したのが11時過ぎ。まずは防寒のつなぎに着替える。でもって、トナカイを捕獲する為の投げ縄の練習から始める。えぇ、そこからですよ、まずは。
5メートルはありそうな長縄を手元で丸くまとめ、大きい輪を目標物に向かってエイヤッと投げる。
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一緒にタッグを組んだ日本の大学生たちは、見事なコントロールだった。

てっきり本当に投げ縄で捕獲かと思いきや、サミはスタスタと道路を横断して、トナカイさん(短縮してトナさん)たちが繋がれている囲いに向かった。確かに、投げ縄で捕まえてたら永遠にソリには乗れなさそうだ(特に私)。
2人一組でチームとなり、1頭が担当する。私+あんなさんの担当はこのお方。
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とっても穏やかな トナさんだったので思わず『(堺)雅人さん』と名付けようかと思ったが、メスかもしれないのでやめておく。
まいさん/まいやさんチーム担当はとっても いきがって やんちゃな方で、いきなり後ろ足で立って彼女たちを威嚇してた。とんでもねーですな(ちょっと呆気)。

サミのお手本に従い、馬具ならぬトナ具装着。
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首の下に小さなベルトを、次に大きなベルトを前足の付け根に留める。ソリを引く為の棒は、大きいベルトの左右両側にある輪に通す。
さあ出発だっっ!
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どんな感じかは動画でどうぞ☆


平地ではトコトコと歩くのだが、下り坂や、先頭が加速したりすると、一気にトナさんたちは走り出す。ぴょんぴょんと跳ねるように駆けていく。ちょっとスリルな感じで面白い。
お、平原に出た−っっ!と興奮して後ろを見たら、トナさんが間近でビックリした(笑)
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ちょっと可笑しい顔してトナさんは走る。可愛い。。。

30分ほど走ったか、途中で休憩。トナさんたちにはエサの苔をあげて、人間たちは火を起こしてコーヒーやホットココア、マッカラを焼く。更にサミが手慣れた様子でレットゥ(クレープ)を焼き、牧場の奥さんが作ったブルーベリージャムを載せて食べる。
マイナス10度で食べるクレープにマッカラ(ソーセージ)。これがまた美味いんだなぁ。。。
『雅人さん(仮)』が苔を食べる様子があまりにも可愛かったので、動画に撮ってみた。

いやぁ〜、見事な癒し系ですよ☆(笑)

再びトナさんたちに引っ張ってもらい、牧場に帰った。およそ13時過ぎ。
牧場では、他にもトナさんたちが沢山いた。
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どうやら、しゃがみこんで目線を低くすると、トナさんたちは寄って来る。
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でも調子に乗ってトナさんに触ろうとしたらビビったらしくて、前足で蹴りを入れられそうになった。
危ない危ない。
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トナさんたちを囲いに戻し、本日のトナカイソリツアーが終了。
最後にサミが参加者1人1人に配布した、手のひらサイズのコレがほしかったのだ。

ずばり5年間有効の トナカイ運転/操縦免許証!!(笑) これでトナカイゲットだぜ!(いやソレは違う。。。)  

やぱにらいねん、むったようるぷっき、るいるい。 [日本人コミュニティ]

さっき自分のネタをアップしたら、久しぶりにるいるいのブログが更新されてるのに気がついた。
読んで、さすがるいるいだ!と思った。

るいるいは。
とっても温かい人だ。
とっても勇気のある人だ。
とっても行動力のある人だ。
とってもユーモラスでもある。
そして、周りの人にも勇気をくれる人だ。

よかったら、読んでみて下さい。
http://ameblo.jp/ruiruisanta/

帰国したらサンタ服探すぞ!(笑)

るいるいとの遭遇は『めいだんひゅばんめようるんめシリーズ(12月)』に書きました。 彼女が起こした『愛の嵐/奇跡』に、本家サンタもビックリだったと思うよ☆ (^ ^)

たんっしゆふら、ぺるやんたいんいっらっら! [季節]

何故フィン人は、ああも踊りまくれるのか?つまりはこうやって仕込まれていくんだなーと。
『わなだーんす?(5月か6月頃のネタ)』のヒミツが、少しだけ解けた気がする。
大人の階段のぼる〜♪ってヤツですよ、多分。(何だそりゃ)

去年末、軍曹に赤い手帳を貰った。軍曹の手書きで学校行事が書き込まれていったのだが、今思うに先週木曜/金曜は、年間を通じて目玉なイベントであったと思われる。 

というわけで16日木曜。軍曹メモによると『お祝いの日。卒業予定者の最終登校日』とある。
なんのことかサッパリだったんだが、とにかく1030から体育館でやるぞと言われたので、0930に登校してみた。
職員室で燃料補給(勿論コーヒーのことですよ)した後、イソペッカたちと共に体育館に行ったら、ナゾの未開地風(?)装飾になっていた。原住民族っぽい人々と意思疎通を図ろうとした探検者たちが、ラジオにスイッチを入れた、途端!

合図とともに、仮装した人々がステージに跳び上がる。
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よぉぉく見ると、半身裸なにーちゃんがいる。へそ出ししてたりして、ねーちゃんたちの露出度もナカナカ高い。日本の高校でコレやったら、生徒部指導入るんじゃ?とちょっとドキドキ。
でもさすが体育専科で鍛えてるだけあって、筋肉が凄い。男女共に腹が割れている。だから、女装してる男子は日本人高校生のソレよりも凄まじさ大爆発だ。やっぱ体格違うだろーと思わず感嘆(苦笑)
一体ドコから入手してくんの?みたいなトーテムポールやゴリラやパンダの着ぐるみ、はたまたクレイジーな妖精さんの格好をした男子とか、お下がりか何かの本物らしき軍服とか(フィンランドは徴兵制があるから)、まーいろんな格好をしている。
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この仮装生徒たちが、どうやら最高学年の卒業予定者らしい。

要するに、この後は受験で学校に来なくなるんだそうです。日本の高校3年生と同じだね。でもって、卒業前に最後の『はじけモノ行事』としてこのパーティーがある模様。日本だと、文化祭がそれに当たるのかもしれない。
しかし。内容的にはちょっとなー、な感じ。えー、ちょっと正視出来ないんだけどー(教員目線で)みたいなえげつないダンスとかゲームをしていた。まぁ最後の悪ふざけみたいなもんだから仕方ないんだろうけど。先生たちも巻き込まれ、ステージに呼ばれて寸劇みたいなのをする。みんな大爆笑なんだが、通訳が居ないので全く分からず。
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あ、これ↑みんな先生たちです。いつもどおりラフな格好ですな。

パーティーの最後に、再び先生たちが1人ずつ壇上に呼ばれ、生徒会とおぼしきメンバーたちから、図工の授業で作ったような感謝状を渡されていく。『美術』じゃなくて『図工』っぽいというところがミソですな。ほえ〜と眺めていたら、どうも私も呼ばれたような気がする。壇上のエッマと目が合った。おいでおいでしている。
「(英語で)日本文化の授業、面白かったです。どうもありがとう。」
でもって貰ったのがコレ。
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オモテは何故かイギリス国旗。
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もしかしたら軍曹にあげるつもりだったのかもしれない。
今まで行事には必ず軍曹が隣に居て、フィン→英の通訳をしてくれてたんだが、そういえば姿が無かった。メールしたら「授業が無いから行かなーい」と返って来た。なんだ、そうだったのか。

というわけで、何だかよく分からない木曜が終了。このイベント終了後、一緒に体育館の片付けをしたんだが、翌日の飾り付けまでは見ていなかった。

さて、翌17日金曜。てっきり1030だと思ってたら1230からだったので、学校傍の郵便局に行く。
ちょうどこの頃、手放していたパスポートが記録郵便で戻って来たから、何とかして受け取ろうとしたんだけど
「身分証明が無いと渡せないってば」
と郵便局のおねーちゃんに2度も冷たくあしらわれていたのだ。金曜は『三顧の礼』ならぬ『三度目にしてやっと正式な身分証明』を持って突入したんである。国際運転免許証、持ってて良かった。。。(嘆息)
無事にパスポートを受け取って学校に戻る。
給食を食べたあと、コーヒータイムでまったりしていたら、
「靴が壊れた」
と言って男子生徒が職員室に来た。無理矢理修理したようだ。軍曹+イソペッカたちと共に体育館へ。
入口は生徒や保護者の人だかりだったが、図々しく中に入らせてもらう。同敷地内の中学生たちの姿も多い。日本人観光客ばりに、みなカメラを抱えているぞ。

時間になった。ドレスアップした人々がそれぞれの控え室から登場。
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男子の列が女子の列に合流し、手に手を取って優雅に行進する。
せま〜い体育館一杯一杯に広がった『紳士淑女』たちは、メヌエットやアルゼンチンタンゴ、チャチャチャなど社交ダンスのナンバーを『オォ、華麗な☆/あんまり華麗じゃないなぁ★』なステップで踊る。男子は16-8歳で燕尾服デビューしちゃうのかぁっっ?!と、関係無いところで興奮しているワタシ。(笑)
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聞いた話によると、選択授業でダンスを習っていたらしい。踊っているのは2年生。3年が前日に弾け終わったので、翌日からは2年が実質の『最高学年』になるんだそうな。女の子のドレスは、この日の為だけにオーダーメイドされたりするらしい。でも中には踊らない子もいる。アンニは踊らなかったそうだ。

13曲目くらいで、オールディーズのロックンロールまで踊り出した。
フォーマルだとキュートさが増しますな!!!みんな可愛い過ぎる☆ 
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14曲踊ったところで『本日のダンシングキング/クィーン』発表。計4組くらい選ばれた。
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司会をしていたカッティが、何やら説明し出した。ヘレナに聞いたら、マルックが今期で退職するんだそうな。えー、そんな歳だったとは!記念にカッティと踊るマルックと、それを見守る生徒たち。
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最後のダンスが終了し、パーティも終わった。さっきまで踊っていたマルックも、1年生たちと共に片付けに入る。面白そうだったから手伝ってみた。行事の後の体育館片付けって、日本もフィンランドも一緒だ。やる子はやるが、ひまそうに見ている子もいる。
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脚立に乗る子を見て、日本の所属校の生徒会を思い出した。そういや一昨年のクリスマスプロジェクトでも、脚立で作業してたなー。

何となく『所属校ホームシック』になったが数秒で終了(笑)、一旦クントティエに帰宅。
1600からラッピアレーナ(オーナスの丘にある総合スポーツ施設の体育館)で、ロヴァ市内の全2年生が集結してダンスパーティになるんだそうな。入場料は1人2ユーロ。クントティエから歩いていったら、部屋から15分くらいで着いた。YLEのTV/ラジオ中継車が入口にあった。生放送でもするんかいな。
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10分遅れで、パーティーが開会した。目算では300人くらいいる。我らがオゥック、リュスカ、ムーロラ、の3校の名前は聞き取れたんだけど、もう1校の名前が分からず、計4校。大人数なのはオゥックとリュスカで、各校2グループで参加している。
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手前の円はオゥックの人々です。よぉーく見ると、ダンシングキングとクィーンがいます。やはりよぉおく見たら、それぞれの円に、各校代表のダンシングキングとクィーンが居た。

高校の体育館での発表と同じ演目、計14曲を 踊り狂う 失礼、踊り切る。人数が多いから、一段と華やかさが増して見応えがある。
最後は保護者や兄弟姉妹、更には彼氏彼女と思われる老若男女が観覧席から合流して、賑やかな舞台になる。
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よぉおく見ると兵士さんたちもいる。卒業してすぐ軍隊に入った人たちなのかな。
お母さんと踊る燕尾服の男の子や、セーター姿のお父さんと踊るドレス姿の女の子。お父さんお母さんは感無量でしょうなぁ。

彼らの踊る姿を見ながら、ほげ〜と考えていたのだが。
高校2年生目線で行くと、きっとこのダンスパーティは、すごくドキドキな日だろう。なんたって最高学年になった第1日目で、普段着ないフォーマルドレスで踊る日だし。もしかしたら『憧れのあの子』とパートナーを組んで踊ったんだろうし(その辺の詳細は、高校生たちにインタヴューしてないから分からないが)。
私は高校時代に体育祭で『ジェンガ』とか踊ったけど、今はそういうことをしている高校って少数じゃないのかな?体育の授業も、行事向けの内容をやれるほど余裕があるのかなぁ?
でも、あの『えも言えぬドキドキ感や高揚感』というのは、やった人にしか分からんだろうし、出来れば伝えてあげたい通過儀礼だよなーと思ってしまった。フィンランドだと、そういうドキドキ感のレベルが、フォーマルドレスのおかげで更に増す!なのかなーと想像。ちょっと彼らが羨ましくなったり。
 
親から目線で行けば、遂に子どももこんなフォーマルを着るような歳になったんだなぁ、大人になっちゃったんだなぁ、と思っているかもしれない(少なくとも外見は)。ドレス代高かったんだぞうとかも思ってるかもしれないけど。でもこうして、親子で踊る機会なんてきっと滅多に無いことだろうから、すごく貴重な、大切な思い出になるでしょう。

日本でもこういう『子どもが自分たちと同様に、社会へ出る前の通過儀礼をする、その体験を自分も共有出来る(親として)』という機会があれば良いのになぁと思った。

ドキドキ感を皆様と共有するべく、初動画アップです。短時間でスミマセン。

輝け!青春の1ページ☆(笑)
いやぁ、若人、イイっすね!!

ゔぃーこったいねん いそ [生活]

先週6日〜15日今日までの『まとめて丸ごと1週間!(ホントは10日間)』。

6日月曜は、遠くサーリセルカからひとみさんが遊びに来た。クントティエ組でお出迎え。ちょうどれいこさんの誕生日だったので、夜はきたがわ家でみなでひとみさん歓迎会+れいこさん誕生日会。わあわあと楽しい時間だった。料理が美味しかったのだが、如何せん食べ過ぎた。『目の覚めるような甘さ』のモカケーキは我ながら文学的な(ウソつけ!)表現だった。
7日火曜、サーレン小学校を見学したひとみさんが帰る。お見送り兼買い物をしに市街に出て、久しぶりのマックで『幸せな食事』を頼み、ハンプティダンプティみたいなオモチャをもらう。中国産なんだが、出荷先はほぼヨーロッパ全体とトルコ、キプロスなどに及んでいるようである。オモチャの入ったビニル袋1つ見ただけでも面白いものだな。
 
9日木曜はれいこさんとラヌア動物園に行く。一度も行った事が無いので楽しみだった。ロヴァニエミからバスで1時間ほど南下するらしい。
バスセンターを出て15分と経たないうちに、バスが何かを轢いた。寝ぼけた視界の隅で、何か黒いものが飛んでいった気がする。ゆっくりとバックするバス。
なんと、先に居た車が居眠り運転をしていたらしく、そこに我々のバスが後ろから追突した模様。道路には車の部品が散乱していた。でもって車道脇から少し離れたところで赤い車が横転、雪に埋もれている。
ナゾのヒゲ面兄さんが「タバコくれないか」とバスに乗り込んで来た。帽子から出ているのは赤毛だと思ったがよく見たら血で、雪まみれで小刻みに震えている。オホォオオ!(驚愕+動転)
運転手さんは携帯で救急車と替えのバスを呼び、まもなく私たちは小型バスに乗り換えた。れいこさんと2人で持っていたホッカイロを手渡したのだが、彼はやっぱり血まみれだった。うぅぅ。

とりあえず替わりの運転手さんは車道をかっ飛ばし、1時間弱で動物園着。いやぁ、事故のショックと小型バスの寒さで、一気に目が覚めた。のだが。
ラヌアの動物たちを是非写真でご覧頂きたい。
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↑コレはビーバーさん。顔が分からん。
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夏に軍曹のコテージで発見した、えらいちっちゃいネズミ。名前を忘れた。えらい速度で動き回る。東京の地下鉄にいるネズミは、あの速度に付いていけまい。
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冬の間、寒さに耐えられない鳥さんたちは室内に入る。この体勢で昼寝していたようだ。しかし!ハリポタに出て来た白フクロウさんは耐寒性なので、外に居る。さてヘドウィグはどこでしょう。↓
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きっと夏は繁盛しているんだろうが、冬の動物園てこんなに寂しいの?!ってくらい静かだ。
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夏季限定らしきペンギンアイスの看板すら雪にまみれている。
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北極圏で有名と思われるオオヤマネコも、小屋から出て来ません。
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我々をエサ係(もしくはエサ)と思って喜んで近寄って来たのは、オオカミのみ。
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いやぁ、、、たそがれそう。
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他にもやる気の無いトナカイさんや
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その大きさがうまく伝えられないヘラジカさん(よりによってツノも無い)
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もの凄く可愛いのに、シッポしか撮れなかった北極ギツネさん
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などなど、動物さんたちはゆる〜く、だる〜く、うだうだしていた。
「え?あ〜、写真?勝手に撮れば」みたいな。(苦笑)
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一番可愛かったで賞はカワウソさんに決定。レム睡眠中の寝顔に瞬殺されました。
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10日金曜もれいこさんとおでかけ。サンタ村のアウトレットで最後のお買い物だ。市街のマリメッコよりもやっぱり安い。思い切って、頼まれた服だの欲しかったバッグだのを買った。えぇ、買いましたとも。でもってドンへの最後の謁見にも臨んだ。1年を通算したら5回訪問しちゃったぞ。
「来月日本に帰るんだよー、でもってサイン頂戴」と図々しくペンと『友だち帳』を差し出し、ドンから署名を奪い取った。最後の記念撮影。
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11日土曜は、サンタプロジェクトとしてドンと共に被災地を巡ったたくみさん/キルスティさん/コーラスグループ『ベルカント』メンバーたちの報告会&『フィン人+日本人親睦会』。それぞれに料理を持ち寄ったのだが、クントティエ組では巻き寿司といなり寿司をおみまい(と言っても私は卵焼きを焼いただけなんだが)。
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ついでに『けさあいかんろっぷ』で紹介したアノ番組をフィン人たち、更には番組出演した人々と見たのだが、久しぶりに日本のTV番組を見たらツッコミが面白過ぎて笑えた。
何故か返礼当番になってしまい、私が三味線演奏してクントティエ組がバックで桜の紙吹雪を飛ばすという、チームワークがなせるワザを披露(苦笑)、フィン人たちは喜んでくれたようである。
やっと最近になって「(三味線を)弾き間違えても動揺が顔に出ない」域まで悟りが開けて来た(笑)
とても楽しい3時間だった。
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でもって13日月曜は、たくみさんに呼ばれてナパピーリウラアステ(直訳すると『北極圏上級(中等)学校』か?!)へ。なんと、ニババーラ小学校の横だった。こんなに広い中学が隣接していたなんて、全く気づきませんでした★
90分の授業だったが、用意していった袴や着物の着付けをすることも無いまま、地理/人口や日本人とフィン人の気質比較、四季+学校制度紹介、折り紙に三味線弾きで終わってしまった。なんとなんと。

14日火曜は市街に出て行ってようさんちでお昼を食べさせてもらい、使わなくなった食器や衣類、靴などを中古屋さんに売り飛ばす。全部で12ユーロだった。うーん。稼いだお金を持って帰国準備の買い出し。羊毛100%のフィン産毛布を、79ユーロで遂にゲットした。軽くてとってもあったかだ。探し求めた甲斐があった。旅で大活躍に違いない☆ついでにバックパックも見たんだけど、安くても80ユーロからだったから保留した。
あー、この日は世に言うヴァレンタインデーであったな。日本ほどチョコ狂いではないけど、スーパーでちょろっと売っていた。日本人コミュニティでチョコを貰ったが、こっちでは「うすたゔぁんぱいゔぁ(ystävän päivä)=友だちの日」なんである。だからカードや小物がメインに渡される日のようであった。

15日の今朝はイソパイヴィに拾ってもらってソンカに行った。ロヴァニエミから西?に行くこと車で30分ほどの道のりである。イソパイヴィも、軍曹に負けず走り屋さんだ。フィン人て男女の関係無く走り屋さんなのかもしれない。雪道でもさっくりと100km出してる。
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去年12月に連れてかれたレフトヤルヴィから更に先に公民館のような建物があり、そこにフィン人のオバちゃん(というかおばあちゃんだな)が集まって、イソパイヴィから手芸を習うのだ。
でもって『ナマの日本人が来て折り紙を教える』ってんで、連れてかれたのである。
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箱、簡単なユニットの飾り、簡単な方のバラ、鶴の4つをやって2時間があっという間に経った。まぁ途中のコーヒー休憩もそこそこ長かったからなぁ(さすがフィン人)。

帰宅してから不在郵便を取りに行ったら、目的のブツでなかったため出直し。
実は今、私はパスポートを携帯していないのです。何か有ったらヤバいんです、外国人なのに。はははー。
 
というわけで、あっという間に2月も半月が過ぎてしまった。明日からの行事もナカナカ楽しみなんだけど、以下次号に続く。


『もっともやる気がなかったで賞』


おんこ せ きゅるまいん ぱいゔぁすた へるみくーた? [季節]

気持ち的に、何となく慌ただしくなって来たへるみくー(2月)。
部屋から我が王国のベランダを見たら、積雪がかなりなものになっていた。
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6日の昨日は気温が一気に上昇してマイナス19度台だったからか?雪がザンザン降りで外出する気にもならなかった。

にもかかわらず今朝起きたら。
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ついに、遂に!!!
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マイナス30度!最寒記録更新だ!今夜は祝杯だな♪

マイナス30度だからなんだというワケでもないけど、なんだか無性にワクワクする。
洗濯機の予約をしていたので外に出たら、室内/室外の気温差が激し過ぎて咳が出た。肺がビックリしちゃったんですな。すぐに鼻の中がモショモショしだし、急いで3号棟に向かった。

今(お昼13時)、太陽はやや夕陽モードに入っていて、気温も少し上昇している。これから市街に出ようかどうしようか、ちょっと考え中だ。
今晩はイソパイヴィ(軍曹の友だち)の手芸講座で折り紙をするはずだったが、霧のせいで今週は中止、とお知らせが来た。

いやぁ、、、、遂に30っすよ。。。。 

高度●●キロは この手の届く距離☆ その2 [日本人コミュニティ]

●●キロ=だいたい四百キロ(ISSの周回高度)〜五百キロだそうです。
あの時は、届く気がしました(苦笑)

さて、オーロラハンティングの続き。
28日は雪が降り、曇天のためハンティング無し。サウナに入り、程よくあったまったところで宿のパブへ。ここは独自の醸造部屋を持っていて、自前のビールを出してくれるらしい。
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なんでもサーリセルカ辺りは、昔は金を採掘するハンターたちが来ていたとか。今でもこの宿屋はその手の人たちが数ヶ月滞在するところだそうで、何ともワイルドだ。
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(この写真は、イナリに向かう途中のレストランで撮影。右下の茶色い皿は、砂利を水で洗って金を探し出すためのもの。)
前日にオーロラ情報を知らせてくれた、ひとみさんとはるなさんがパブに来てくれた。みんなで乾杯。ひとみさんはデザインを、はるなさんはネイチャーツアーガイドを勉強していて、話を聞いてビックリしてしまった。
彼女はフィンランドで一般人が入れないような保護区域やツンドラ地帯をガイドしたくて勉強しているそうだ。でもそのために学生たちは、マイナス20度台の自然環境でテントを担いで野営するんだって!!
過酷過ぎるぞネイチャーガイド!まるでフィンランドの軍隊さんと同じことしてるぞネイチャーガイド!!(興奮気味)

デザインと言えばフィンランドはマリメッコが有名なんだけど、なんと日本人デザイナーも所属している。前にマリメッコのアウトレットに行ったら、生地の端に日本人名とおぼしき名前が印刷されていた(マリメッコ発行の今期カタログに、その人が載っている)。ひとみさんは服飾ではないけど、日本人は北欧人のデザインにすごく惹かれるから、逆に日本人の感覚でフィン人を惹いてほしいなぁ。たのしみたのしみ♪
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醸造直販の黒ビールはギネスよりも飲みやすく、美味い。日本の飲み屋のように食事は無いので、ひたすら呑むだけ。なので、買い込んでおいたポテチやクラッカー、チーズなどを持ち込んだ。日本とフィンランドじゃあ、一口に『アル中』と言っても度合いが違うんじゃないか?!とビールを飲みながらちょっと思った。お店の人は、我々が持ち込みをしているのを知っていたようだが、ちゃんとお酒は買っていたからか?何も言わなかったのはありがたかった(つまみが無いと吞めん)。

翌29日はイナリに移動。27日に見た場所とは、湖を挟んで向かい側になるそうだ。夜は湖のそばでオーロラ探しですかねーと言っていたら、『ホテルのサウナの前の河』から見えると言われた。下見に行ったら、河はだいたい凍っていたが、中心部は流れている。
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「これはちょっと歩いて横断は無理だねー」と言う隊長は当初、河を渡る気満々だった。。。

このあと『クントティエ組』流のオーロラ観察になる。
夕方6時に夕飯、食べ終えて8時に河の方へ行き、空を見たら、オーロラがうっすら出始めていた。
おぉーっっ!と喜びつつ慌てて水着を着て、小さいバケツ、ビールを2缶ほど用意してサウナに入る。バケツに外の雪を詰め、その中にビールを冷やしておけば、サウナの中でもバッチリ水分補給が可能だ!(笑)
氷点下にも関わらず我々が水着だったのは、サウナに入ってビールを飲みつつ、暑くなったら外に出てオーロラを探すためである。オトナな観察方法だなぁ、はっはっは。

結果から言うと、29日のイナリのオーロラは幾度となくブレークアップを繰り返した。
光が強弱をしながらいろんな形に変化して、目の前の空に拡がる。
ヘボカメラでの撮影はとっくに諦めていたので、れいこさんが撮った画像でご覧下さい。
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この日の夜、我々はマイナス25度前後の中を、サウナを出入りしつつ2時間半近くにわたって観察出来た。オーロラは本当にいろんな形になったし、さまざまな動きをしていた。例えるならばタバコ、もしくは線香の白煙がゆ〜ったりと空中を漂うかのような、とでも言うか。

そうして、30日の昼過ぎにイナリのホテルからバスに乗った。そのまま直通でロヴァニエミにたどり着いたのは夕方6時頃だったか。
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私たちのオーロラハンティング旅は、夢のような星空の下、極光のようにあっという間に過ぎ去った。終わってから、ちょっとさみしく感じたのは、きっと私だけではないだろう。
それぞれが帰国するまでに、あと2〜4週間を切った。


かの人は「『オーロラは宇宙からの手紙』です」とおっしゃった。


こるます ぷれじでんてぃんゔぁーりっと かくしとぅはったかくしといすた! [わき道]

<いままでのあらすじ>
そういえばウッカリしていて『大統領選のその後』を書き忘れていた。

大統領の最終決戦は、ニーニスト氏 vs. ハーヴィスト氏のガチンコ勝負。もう特別投票期間は始まっていて、明日(日本時間は今日)5日、日曜が本投票だ。新大統領が決まるのは、おそらく夜8時過ぎだろうから、日本時間の月曜朝のニュースで結果を言うかもしれない。 
ガチ勝負の両者について、周囲のいろんな人から聞いた情報を集めてみた。

サウリ・ニーニスト氏・・・最近タイで起こった地震の際、たまたま現地に居て津波に巻き込まれたという。でもって慌てて木にしがみつき、命からがら助かったらしい。キリスト教国としての宗教教育を保持する考えらしい。6年前、現大統領のタルヤ氏と決戦になって敗れたから、今度こそ大統領になるんじゃないかねーという予想もある。悲運なことに、笑顔が凶悪な人(失礼)。
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ペッカ・ハーヴィスト氏・・・キリスト教会の形骸化/国民の宗教離れなどを受けてか、宗教教育を見直す考えがあるようである。まさかと思うが、イソペッカは自分と同じ名前だから応援してるんじゃあるまいな(んなワケ無い)。同性愛者。笑顔が比較的爽やかな人(ニーニストさんに比べたら誰でもそう??)。
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前回のネタで書いたか忘れたが、ロヴァニエミ市街のショッピングセンターには、ニーニスト氏のカフェがある。入口からして既に彼のポスターが貼ってある。
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右下は、道路を渡って先にある、世界最北端マックの看板です。

これを入るとすぐにカフェが。
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試しに昨日覗いてパンフをもらったら、オジさんと目が合った。オジさんは私の傍の棚からカゴの中身をわしづかみ、ザラザラッと缶バッジをくれた。ちっちゃいけど、白地に『サウリ』のSマーク。上品過ぎ。ちなみにカフェでは、マグカップやTシャツなどのグッズも売っていた。選挙活動資金にするんだろうか???日本でコレやったらスゴいだろうなー。みんな買わんだろーなー。

クントティエ組で報告したら、おもしろいねー、ハーヴィストさんのは無いのかねー?という話になり、米を買いに行きがてら、金物屋さんに何気なく行った、ら。
いつのまにか中華料理店の横に、『ハーヴィスト・カフェ』が出来ていた。缶バッジとパンフレットの入手成功。ハーヴィストさんの方のが、結構洒落た感じだ。

まぁどっちが勝っても、どっちの缶バッジも貴重だねーなんて今日も話していたのだが、もしかして6年前のタルヤさんの時もそうだったんだろうか。。。

両者のカフェには行ったけど、どちらにしても私には選挙権が無いので、こっちも遠慮して図々しくコーヒー頂戴とは言えず、向こうもアジア人に振る舞う気が無かったようだ。まぁ当たり前か(しょんぼり)。

パイヴィ軍曹にメールしたら
「明日は新大統領が決まる日だよ!もしニーニスト氏じゃなかったら、私は移住する」
とまで言い切った。さすが保守派の軍曹だ。
移住しなきゃいけなくなったら、日本の住まいを探すよ〜と言ったら、
「気持ちは有り難いが、私は大好きなイギリスに住むんだ」
と返って来た。あ〜、軍曹が英国好きなのを忘れてた、ははは。

ま、何はともあれ、「♪決戦は日曜日〜☆」結果は追記にてお知らせしまーす。


軍曹のお言葉+結果はこちらから。


高度●●キロは この手の届く距離☆ その1 [日本人コミュニティ]

いま(2月2日)冷静になってみると、あの旅のあの状況/あの状態というは、まるで夢の中のようだったなぁ。。。

1月末の『太陽活動・大出血サービスウィーク』。
27日金曜から、クントティエ5号棟に住むインターンの日本人=自称『クントティエ組』で『オーロラゲットだぜ!ツアーin サーリセルカ/イナリ』。
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2月もしくは3月でそれぞれの場所へと帰って行く私たちだが、同じ日本とはいえ住む所も所属校種も違う。なので、お別れ前の親睦も兼ねて旅を計画し、会議(という名の飲み会)を重ねていた。前日の『涙の最終授業』から帰宅後、真夜中過ぎまで旅のしおりを印刷。こういうことだけはスゴく気合いを入れる自分がつくづく物好きだと思う。でもクントティエ組の他の人たちに原稿依頼=押し付けもしたので、とってもラクだった(鬼)。

朝8時発の長距離バスで、まずはサーリセルカに北上。途中のソダンキュラでトイレ・コーヒー休憩をはさみ、約4時間の道のりだ。爆睡して目覚めたソダンキュラでは、雪が舞っている。
最近分かったのは「雪が舞う方が気温が高い。」雪より寒い日は、大気中の水分がみな、雪よりも細かいダイヤモンドダストになる。外灯の下でそれを見ると、本当にキラキラと美しい。
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お昼過ぎにサーリセルカ着。チェックイン後に町の探検をし、インフォメーションで聞いたら今夜は曇りで、オーロラ出現レベルが低いんじゃないかと言われた。えー、27日間予報だと、レベルが高かったんだけどな。でも23日に物凄いオーロラが出たと耳にしていたので、もしかすると磁気嵐が弱まって入るんじゃないかと危惧。そこへきたがわ夫妻の知り合いの方から連絡があり、前日の26日も出ていたから大丈夫だというので、急遽現地のオーロラツアーに飛び入り参加を決める。宿の傍のレストランに入ったら、クマさんが椅子でくつろいでいた。
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このレストラン、メニューが6カ国語(英/スオミ/スウェ/独/露/日)対応してたよ。。。トナカイスープが、定番のクリームかと思ったらアジアっぽい(塩+醤油っぽい味。笑)味付けで新鮮だった。美味い(やっぱり日本人?)。
とても小さい町なかを歩いていたら、土産物屋の前にトナカイ皮に覆われたカゴを発見。中には毛玉っぽいイヌが居た。ちょっとこの店番、まるっこくていいねぇ。
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少し休憩+燃料補給(アルコール)をはさんでのち、2030に大型タクシーが迎えに来た。ツアーはフィンランド北部=ラップランドで最大のイナリ湖畔、ネリム村に向かう。辺りは真っ暗。
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2200前に休憩所兼オーロラ出現待機場所に着くと、薄〜いのが出ていた。私のヘボカメラでは撮れず。
トナカイスープ(今度は定番のクリーム味)とパン、クッキーなどの軽食にコーヒー/紅茶などで暖を取り、皆でくつろいでいたのだが、ふと外出して左を向いたら、でっかい緑のかたまりが目に入った。
「っっスゴいオーロラ出てますよ〜!!」

慌ててカメラを担いで皆が出て来た。北の方を見ていると、右から左へと光の線が走る。
ヘボカメラでも写るかもしれん!と願いを込めつつ撮り、編集で露出を上げてみたのがコレ。
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ちょっと渦巻きのような、カーテンが動いているような。
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風で揺らいでいる感じですな(頑張って見て下さい)。

ほんの10分くらいの間にこんな動きをするオーロラ。なんて不思議で面白いんだろう。
写真を撮るのに熱中して、肉眼で見られないなんてアホらしいから(ヘボカメラの負け惜しみ)必死に目視した。大気圏と宇宙の境界線から遥か400キロくらい下、地球の表面にへばりついて見てる人間なんかお構いなしに、白っぽい緑光は形を変えつつ前進する。うへぇ〜〜〜(口をあんぐり)。

しばらく放心していたら、ツアーガイドのまえださんが「次の場所に移動しましょう」と再び車に乗り込んだ。更に北の、湖と河の繋がる橋を目指すという。「うまくすると、川面に映る『逆さオーロラ』が見えます」なんと風流なことよ☆
10分ほど走ったか、下車するとえらく寒い。河は橋の下で凍らず、流れているかららしい。風も少しある。
凍えながら橋のど真ん中で待ち構えていたら、左手上方に緑光が強くなって来た。
「あっっ!渦巻きだっっ!!」

えー。私のヘボカメラでは渦巻きが出ませんでした。というわけで写真は無いですが、えらい寒い中で目視した緑のオーロラは、次から次へと形を変えて行く。無理矢理例えるなら、タバコの白煙がゆーっくりと、ゆら〜りとたゆたう感じ。しかもそれが川面に映って、空と水とで2重に見えるという豪華さ。

でもそれ以上に星空が本当に美しくて、同じく川面に『逆さオリオン』を見た時には、思わず泣きそうになった。実家で見るよりもオリオンが低い位置にあって、北極星が本当に天頂に近くて、あぁ、私は本当に北極圏にいるんだなー、地球の上の方にいるんだなーと寒さと共に体感したのだった。

そんなわけで、ホテルに戻り、就寝したのが25時過ぎだった。27-28日未明にかけてのオーロラは、照度を変えつつ3時間くらいは続いてたんではないかと思われる。

極光の速度で、その2に続く。

えい いとけあ、ひゅみゅ。 [生活]

今は懐かしい、1月末の日記。この週(1/23-29)は太陽活動が盛んで、やたら黒点で爆発が起こっていたらしい。なのでオーロラがばんばん出てたのです。

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23日はえらく寒かった。このあとすぐに
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遂にマイナス20度!やったぜ。2重窓の内側が凍っている。
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右端の外気温計が見えるかな?
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24日火曜にお汁粉を作り、餅1個を4等分してレンジにかけて焼き、紙コップに入れてスプーンと共に渡す。高校の校長に勧めてみたら食べたけど、どうも餅に苦戦していた。いつまで噛んでたらいいのか分からんようだ。おかわりする高校生たちも、餅だけは残していた。やたらぐちゃぐちゃするのがイヤみたい。

25日水曜は素麺とうどんを茹で、ねぎやニンジンなどの野菜を煮込んだダシで、つけ麺状にして生徒たちに食べさせてみた。若干1名が「ラーメンみたいな匂いね☆」と喜んでくれた。結構食べてたな。

26日木曜は、いよいよ最終授業。記念写真カメラマンとして、きたがわ夫妻とれいこさんが授業に参加してくれた。最初は撮影のみでお願いしようと思っていたのだが、生徒たちに日本の先生たちでーすと紹介し、日本についての質問を各自3つずつ出題してもらう。当たると私の形見=日本のマンガ雑誌やグッズをもれなく進呈する仕組みだ。向こうも賢いから、誰がどれを貰うというのはとにかくとして、団体戦で誰かが正解したら頂戴、と言って来た。よーよー(OK OK)。
知ってる漢字を5個書け、富士山の高さは約何メートル?(1桁のみ穴埋め)、日本の歌手かバンド名を10個答えよ、とか日本語の歌を1分以上歌ってみようなどなど難しそうな問題を、全員協力して見事に完全クリアしてくれた。
やたら盛り上がった後、日本語文化コースの修了証を1人1人手渡したら、代わりに私への記念品(『フィンランドにまた戻って来た時用』マフラーとファッツェルのブルーベリーチョコ)をくれた。ありがたやー。
残り10分くらいで、彼女らからの出題。フィンランドで好きなもの、嫌いなもの。サルミアッキはナシでしょー!という話題で日本人たちは苦笑い。最後の問題は、この授業/生徒がスキだったかどうかなど、本当に可愛いなぁ、と思ってしまう素直なお別れの授業になった。

きたがわ夫妻とれいこさんが帰った後、片付けをする私と、バス待ちの生徒たちでダラダラと話す。
「先生、この教室のゴミ箱って、いっつも満杯だよねー」
「それって君らのせい(授業前にいっぱい食べてるから)でしょーが!」

見知った同士の、ちょっとふざけた会話。ふと、日本の高校の、放課後みたいな/ホームルームをやっている時のような錯覚を覚えてしまった。
うぅ。目頭がちょこっと熱くなった。見たら、彼女らもちょっと泣いていた。まぁ、また2月に会おうではないですか。

生徒たちが帰って行った後、「お世話になりました。」とお辞儀をしてNo. 10の教室を出た。

やっぱり外は寒くて、鼻の中がモショモショした。

といねん ぷれじでんてぃんゔぁーりっと かくしとぅはったかくしといすた! [わき道]

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画像はYahoo!スオミから。yleの大統領選のものかな?

フィンランド大統領選、その後。
日本時間では23日月曜明け方、フィン時間では22日の日曜夜8時で開票が始まったらしい。たくみさんちにお邪魔してTVを見せてもらう。

チャンネルYLEのニュースで、ネットで開票速報が見られますと言っていたのでyle.fi/uutiset/でサイトを見たのだけど、どこから見られるのかサッパリ分からず。やっぱ日本の選挙でもそうだけど、専門用語が並んでるんだろう、推測出来なかった。見てみたい人は、以下のサイトからアクセスしてみよう!(笑)
http://www.yle.fi/uutiset/teemat/presidentinvaalit/

でもって今日、しぶしぶ日本のニュースサイトでチェックしたら、各候補とも50%行かなかったようですな。軍曹の『本命馬』ニーニスト氏も38%で、ハーヴィスト氏は18%だったらしい。むーん、この2人でタイマン勝負。再投票がいつなのかちゃんと調べてないのだが、どっちに決まるかなー。ニーニスト氏が有力そうだけど、1対1だから、まだ結果は分からないよな。
個人的には、ニーニスト氏の笑い方が凶悪なのが気になる。スパイもののドラマの悪役が似合いそうな(失礼)。
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あ、投票率は85%くらいいったんじゃないかと言ってたなぁ(日曜の18時くらいのニュースで)。
やっぱり国の最高責任者を決める選挙だから、国民の関心も高いよね。。。

モイッカ、無名号!! [生活]

今週もいろいろあった。
火曜は朝から小学校に行き、ヘタクソな三味線で『君が代』/『さくら さくら』を披露。定番ネタの「みんなのペット、ネコの皮なんだぜぇ、でも私のはイヌなんだぜぇ」で締めくくる。おっかなびっくりで三味線に触れる子どもたち。ついでにサイラのクラスでクジラとウサギを折って終わる。クジラは、ホントは本では鯉として紹介されてたんだけど、フィン人からはクジラに見えたらしい。ははは。
午後の高校では『雪遊び』。予定では雪合戦だったが、私が雪の家を造りたいなーと言ったら、雪の城になった。
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「オゥックの校庭に、リュスカの生徒が雪の城を造ってるって変なの〜」みたいなことを言ってた。まぁ確かに。文化コースは放課後の時間帯であるため、一旦校外に出ると扉を外から開けられなくなる。鍵をもらってはいるが、私のは校内の教室にしか対応していない。仕方ないので居残って仕事している校長に電話して、開けてもらった。雪遊びして、終わったら校長に連絡。これまたハハハ。
その後1645にティーナが私を拾いに来て、ランツに向かった。
ランツ(正式名称不明)はラップランド大学の隣、DAS(クントティエを管理する不動産屋)の斜め前辺りにある。初めて入ったが、そこそこの大きさの小学校だった。ティーナがそこを借り、5月の鹿児島行きプログラムの説明会を行なう。
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「ではエツコ、説明してもらえるかしら」
ということで『なんちゃって講師』の私が、日本でのマナー及び基本情報の紹介。といってもせいぜい日本人は英語をしゃべるのが苦手だからメモも使ってねとか、和式トイレの使い方/貨幣/ネットWi-Fi環境/クレジットカードの使用可能場所などの注意をざっくりとしただけである。ついでに日本から持ち込んだドライヤーを見せて、プラグの違いを説明した。前日夜、クントティエ組で監修してもらっていたおかげで、無事にプレゼン終了。えーえー、苦手なパワポでちゃんとやりましたよ(やや投げやり)。
説明会終了後、息子さんが参加するというサリから「とってもpracticalで良かったわ」と評価を頂いた。ありがたやー。ティーナも満足した模様。次回のプレゼンは、2月22日になった。ほとんどの参加生徒と保護者が来たようなので、次は内容を変えねばならない。めんどくさいなぁと思いつつやるんだろうな、きっと。送ってもらって帰宅したのが2030だった。いやー疲れた疲れた。

翌水曜は午後の高校のみ。しかも雪の城造り続きだったので、らくちんだった。聞いた話によると、フィン人のお子たちは、雪遊びを1日5時間位はするらしい。砂で遊んでるようなもんだから、足腰も鍛えられ、ついでにスキーなどのウィンタースポーツにも強くなるワケだ。こっちだと、子供用のウエアも充実してるもんなぁ。インカが「水をかけて凍らせておくと、次の日固くなるよー」と言ってたので、わたしんちから持って行ったバケツを使い、校内のトイレから水を汲んでいき、丹念に城に掛けて回った。
「明日は写真が撮れるよー」と言われて、楽しみにしながら帰宅。

木曜、小学校に行ったら職員室にメモ書き有り。「ヘンリが男児のお父さんになりました。1月16日22時誕生。」がぁぁあん。ヘンリ、独身男かと思ってた。。。うぅ、残念だがおめでたいことである。
そうそう、三味線を弾いた後に「何か質問ありますか〜?」と聞いたら、男の子が私の年齢を聞いて来た。小学校のパイヴィ(軍曹にあらず)はそれに対し「女性に年齢を聞いてはならん!」と英語で注意してくれたが、私は私で「さらいすーす(secret)じゃあ〜!」と返しておく。試しに、食堂で向かいに座った女の子に「くいんかもんたこしぬんいさやあいてぃ?」と聞いたら、36だと教えてくれた。なんてこったい!同い年だぁ〜と言ったら、なんかもにょもにょ言ってたけど分からず。うはぁ、小学生の親かぁ、と日本にいる同名の腐れ縁を思い出した。
小学校を出て郵便局に行き、某計画の原稿をEMSで送付。隣のバリンタタロに行き、冷凍エビや薫製鮭、赤パプリカやタマゴを買い込んだら、今度は高校の調理実習だ。今日は寿司の日。
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お湯で加速して炊き上げる、おっかなびっくりのご飯も上手く出来た。自宅ならば吸水に時間をかけられるのだが、実習時はそうはいかない。こんなワザも、日本じゃ身につける機会が無かったな、イヤハヤ。さて、出来上がった寿司、よぉぉく見ると、食器の陰にこっそりバナナ巻がある。マイヤ女史がどぉぉしてもバナナが良いと言うので、『日本』の寿司にこだわるのをやめた結果である。ちなみにバナナ巻を食したのは、6人中3人くらいだった。その中でも私は、4つくらい喰った。うぅ。お腹いっぱいになって、今週の文化コース終了。

本日金曜は昼から無名号に乗って市街に出る。雪が降り出してからはほとんど自転車に乗っていなかったのだが、覚悟を決めて手放すことにした。『無名号』で分かるように、名前を付けてやることも無いまま半年が過ぎ、買った自転車屋に持って行く羽目になった。
お店のおっさんに「日本に帰るので、おっさんから129ユーロで買った自転車を返しに来たよー。でもスタンドと後部の泥よけが壊れとる」と言ったら「売るんなら値段を言え」と言う。いやぁ、引き取ってもらえばいいしーと思って「思いつかん」と応えたのだが、とにかく値を言えと言うので「じゃあ50?」と言ってみたら(壊れてるのによくそんな値段を言うよなぁと自分に感動)、「いや、30だな。」と言い、レジからお札を出して来た。え?ホントに良いの?と思いつつ、持っていた自転車の鍵をおっさんに渡した。「もい」と言って店内を出、無名号にモイッカ(さよなら)した。
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雪が舞う中をてくてくと歩き、帰りにKマートに寄った。れいこさんが言うとおり、何故かケーキとコーヒーが店内に置いてある。モショモショと食べる男性やおばさん、お姉さんなど。私も混じって立ち食い。
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コーヒーをすすりながら「何でなの?」と聞いたら、店が新しくなったからだよ、と言っていたような気がする。スオミを分かる範囲でしか理解しないと、そういうことになるんですな。まぁいいや、とにかくラッキー、タダでケーキ食べられたもんね。
そうして15分後、自転車はラピンクルタ330ml缶1ダースと、牛乳その他に変わったのだった。ありがとう無名号(苦笑)。雪道に、ビール1ダースとその他大量の荷物を抱えて帰った。
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いよいよ明後日は大統領選の本投票日。火曜、高校生たちに18歳の人いるけ?と聞いてみた。なんとイェンニがそうだった。あ〜、車の免許取ってたもんな。投票に行くの?と聞いたら、誰に入れるかはまだ決めてないけど行くよ、と返事があった。ハーヴィスト氏はホントにゲイなの?と聞いてみる。まだ投票権が無いにも関わらず、イーダは大統領選候補者のことをよく知っており、ハーヴィスト氏は良いよ、とかティモは人種差別するし、責任回避するし!と教えてくれた。高校生、意識が高いねぇ。

追記。木曜に校庭を見たら、見事雪の城は破壊されていた。うぅぅ、せっかく雪のソファーまで作ったのに(泣)。前日に写真を撮っておいて正解だった。。。

やぱにんまく、キリボシダイコンっさ(?)。 [生活]

確か、前回が10月半ばだったから、3ヶ月振りに髪を切りに行った。人生最短の2回目。おばちゃんに10月に来たと言ったら、ホントか?と言われた。覚えられてないし〜(泣)

さて、ロヴァニエミの美容院/床屋さん事情は、かなりスゴい。
市街で100m歩くと、多分2軒はある。人が少ないロヴァなのに、なんでこんなに?というくらい理容・美容店がある。基本、散髪は30分で終わるという暗黙のルールがどの店にもあるようだ。

14時の予約で5分前位に着くと、おばちゃんはヒマそうにしていた。短髪黒髪、ちょっと小太りなフィン人のおばちゃんは、リトヴァ・ナテュンキさんというらしい。黒地の名刺に金文字でそう書いてあった。「たくさん短く」で、前回同様きりりとした、男らしい髪型にしてもらえた(笑)
何も話さないのもつまらんなーと大統領選の話をしてみたけど、彼女の返事が長過ぎて、しかも知らない単語が多過ぎてギブアップだった。むぅ。

リトヴァさんの腕は確かで、しかもハサミがよく切れるとみた(フィンランドの有名メーカー・フィスカス製か?!)。ちっとも髪に引っ掛かったりしない。バリカンを使うこと無く、ハサミの種類を変えながら手際良くチャキチャキと切っていく。でもって頭の角度を全体的に見ながら少しずつ調整していく。その細かさと言ったら、まるで普段の『オオザッパー(大雑把)』なフィンランド人ではないかのようだ(失礼)。
あとで、本日同時間帯頃に髪を切ったきたがわ夫妻に聞いてみたら、他の美容院でも同様に細かい調整をされたそうで、料理やその他が大雑把なフィン人も、髪型についてはうるさいのかもしれない、とちょっと思った。フィン人女性の中には、前髪を左から右へと斜めに切るアシンメトリーな髪型をしている人がいるんだけど、あの切れ込みの美しさも、こだわりが為せるワザに違いない。

今日は試しに、頭のマッサージも頼んでみた(別料金)。月1くらいで中古屋さんの隣の『フィンランド式マッサージ』オヤジに頼むんだけど、床屋さんのマッサージも気になる。
リトヴァさんは、いい具合の力加減で、こめかみから耳たぶまで、更には鎖骨のリンパ腺辺りまでほぐしてくれた。むむ、オヌシやるなぁ、日本人のマッサージ師さんにも負けないハイレベルだ。

この店では容赦なくスオミで話されてしまうのだが、どうやらリトヴァさんは私の肩やら頭が凝っていると言いたかったようである。「ひゅば〜ぱ〜ひえろんた〜♪」とまったり感動していたら、肩をグルグル回せ、とアドバイスされた(苦笑)。

散髪と洗髪は別料金。ついでにマッサージも別料金。散髪だけで29ユーロ、マッサージは14ユーロ、計43ユーロ。今は円高だろうから、大体1ユーロ100円換算で考えてもらえば値段が分かるかと。
首の辺りがチクチクしたけど帰宅したら、やはりちょっと切った髪の毛が付いていた。まぁ仕方ないね。

髪を洗って部屋干しのタオルで拭いたら、むちゃくちゃシイタケ臭がした。一昨日作った、『人生初の切り干し大根の煮物』に使った干しシイタケが原因だ。ダシの匂いも付いている。
海外で暮らして分かる、『日本の匂い』ってヤツですな。味が濃かったけど、久しぶりに食べたらやたら美味かった(自画自賛)。
フィンランドでもシイタケは栽培され、『シイタケ・シエニ』として販売されている。でも、日本のと比べてそれほど香りが強くない気がする、とゆうこさんが言っていたような。

とにかく、今日の私の髪は短髪で、シイタケ臭い。うーん、ヤパニライネン(日本人)だね(苦笑)

えらまーえらまーえらまー! [生活]

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クントティエ組で市街に出た時見えた夕陽。夕陽と言っても昼13時過ぎでやんす。久しぶりの太陽だったな。冬至を過ぎたら、日没が15時半を過ぎるようになった、気がする。気だけど。

先週土曜、急にうちのリンゴ/マックさんのOSをLionにしようと思い立った。フィンランドで撮り貯めている写真のバックアップに、CD-ROMを使うよりもiCloudがいいなぁなんて思っちゃったのが運の尽きである。ダウンロードしたら4時間かかった。ハードの容量が足りるかヒヤヒヤしたが、何とか出来た。ところが。

新OSで立ち上がったマックさんで、インターネットがつながらなくなってしまった。
このクントティエ5号棟は、悲しいかなUSB型の無線LANを使ってネットをするのが主流だ。3号棟なら有線だったんだけど、それが出来ないのが弱点。でもって、USBのMobile Modemをクリックすると、「Javaの何かをインストールしろ」と言う。でもインストールするにはネットにつながないとダメな訳で。

そんなこんなしながら、クントティエ組では、月末の秘密企画に向け、土曜深夜に予行が行なわれた。23時出発で、オーロラハンティングをしに『ご近所のスカイホテル』まで行ったんである。ご近所と言っても、歩いてゆうに2キロくらいはある。マイナス11度だったので、鼻息/鼻水が凍る。ついでにまつげもちょっと凍る。鼻の中をモショモショさせながら歩いた。

ホテルの屋上は、霧が立ちこめていた。がーん。夕方はスゴく綺麗な星空だったのに。結局山の天気と同じく、ロヴァニエミの天気もコロコロと変わる。だからオーロラ見えず!

帰宅したのが25時過ぎで、きたがわ家で豚汁をごちそうになり、ついでにこういちさんが買った『コスケンコルヴァ+サルミアッキ』という、度数もニオイも強烈な32度のお酒を呑んだ。食道が一気にあったまる。オマケで、うちにキープしてあったラズベリーワインも出した。このオジさんの顔がやけに印象的で、こっちも思わず笑ってしまう。
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そんなたのしい土曜〜日曜。寝たのは3時過ぎ。
悲しいけれどネットが使えないと生活出来ない。今日の日曜はお昼過ぎにマックさんを連れて市街に出、マックに行った(ここはオヤジギャグ)。マクドナルドならば無料でWi-Fiが出来るから、そこでネットに繋いでJavaをダウンロードしようと思ったのである。

世界最北端のマクドナルド、今日は日本人が多かった。私の前の席も日本人だった。あぁ、日本人観光客はオサレだな。オーロラヴァージョンのポストカードもゲットした。コーヒーとプッラ(菓子パン)を食べて、ダウンロードを終了し、ネットに再接続が出来たことを確認。
外はマイナス17度。顔が痛くなるので、スキー用のマスクをしてバスを待ってたら、すれ違ったフィン人のおばちゃんに良いモノしてるわねぇ!と声をかけられた。珍しい。

こんな感じでのったりまったりしているが、実は火曜にお仕事が待っている。5月に鹿児島に10日間の交換留学に行くフィン人生徒たちに、日本でのマナーを教える人になってしまっているのである。
「アナタ英語の教員でしょ?だから生徒に日本のマナーを英語で教えてほしいの」
と、中学のティーナに ナゾの圧力で にこやかに依頼されたのである。出来りゃこの人とは関わりたくないと思っていたのだけど、日本文化コースにいるビーが行くと知ってしまったため、渋々やることにした。

習ったけど、使うのがめんどくさくて逃げていたパワポでプレゼンする。これもティーナが
「アナタどうやって紹介するの?パワーポイントは使えるかしら?」
と言ったので、彼女には「ただ画像見せるだけにするよ」と言ったものの、しかたねー、やるべかな。という気になったからである。うぅ、思わず雪に埋もれてみた。
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あぁ、どこに行っても苦手な人というのはいるもんなんだな。
そういうわけで苦手なパワポでプレゼンを作りつつ、横道にそれてブログを打つ私であった。
いつも以上にグダグダです。すみませんねぇ、とほほ。

ぷれじでんてぃんゔぁーりっと かくしとぅはったかくしといすた! [わき道]

それについては、去年の夏辺りから知っていた。
2期12年大統領を務めた『ムーミンママ』ことタルヤ・ハロネン女史の任期が、2012年2月の終了に伴い大統領選が行なわれるということである。
夏のナーンタリスパホテルで購入した、タルヤさんのポストカードの希少価値が高まるというものよ(そこかよ)。

クリスマスイブの夜、軍曹が私を送りがてら車中で教えてくれたのは、大統領選候補者が8人居て本命馬はニーニスト(右派)じゃないかということ。女性候補者は2名いること、同名の『ヴァーポ』氏が3名いること、それから名前を聞いて忘れたが、ゲイの候補者がいるということくらいであった。

でもって11日木曜、高校の職員室で授業準備をしていたら、イソペッカが寄ってきてこう言った。
「今日は特別な日だが知ってるか?大統領選投票日なんだぞう」
え、1月末って聞いたけど?と応えたら、特別投票の期間開始と言いたかったようである。

たのしいかどうか知らないが、フィンランドの大統領選概略>
フィンランドのエライ人は大統領である。例えるなら日本の首相みたいなもんか。でも首相もいる。
基本、大統領の任期は1期6年間である。その任期が切れる前に、国民投票をする。候補者が出揃ったら1回目の投票がある。日本の選挙同様、選挙権を持つ個人宛に、郵便で投票券が送られる。今回1月22日の日曜が本投票日らしいが、特別投票期間は11日から開始。

1回目の投票で、得票率が50%を越えない場合、得票多数候補者の中から2名を選出し、第2回国民投票が行なわれる。1対1のタイマンを張るわけですな。それで得票率の高い方が勝ち。めでたく大統領になる。

面白いから、8人の候補者名と誕生日を調べてみました。画像は、ハロネン大統領開催のダンスパーティ時のもので、名字のアルファベット順。横顔で分かりづらいですな。
コメントは私のことですから、あくまでもミーハーです。ははは。

1番手/Paavo Arhinmäki氏、1976年12月13日生まれ
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候補者の中では最年少。なんと私とタメの35歳だ!うほー。

2番手/Eva Biaudet 女史、1961年2月27日生まれ
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こんなに若々しいのに、アラフィフですか。不思議の国フィンランド。

3番手/Sari Essayah女史、1967年2月21日生まれ
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この方の名字が発音出来ないワタシ。

4番手/Pekka Haavisto氏、1958年3月23日生まれ
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もしかして彼がゲイなのだろうか。黒髪男性と一緒の写真が多々ある。
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5番手/Paavo Lipponen氏、1941年4月23日生まれ
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ウィキでハロネン大統領を調べたら、彼の名前が出てきた。ついでに読んだら首相経験有り。過去(1960年代)には、東ドイツに情報を漏洩するというスパイ疑惑があるそうな。

6番手/Sauli Niinistö氏、1948年8月24日生まれ  
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この人をナマで見ました。クリスマス明けに、ロヴァニエミのレヴォントゥリショッピングセンター入口で演説してたな。スゴい人だかりだから何かと思った。軍曹の言う『本命馬』。

7番手/Timo Soini氏、1962年5月30日生まれ、世界遺産都市のラウマ出身。
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うぅむ『あの人』に似ているが、名前を言ってはイケナイ気がする。

8番手/Paavo Väyrynen氏、1946年8月2日生まれ。 軍曹の母さん・マルケッタと同じケミ出身。
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30代〜70代の候補者が入り乱れての大統領選だが、日本と比べると、国民投票で国の最高責任者を決められるというのと、若年層の候補者がいるのがいいなーと。
「若造なんぞに国を任せられるか!」
という声もあるかもしれないけど。あとはゲイの人だの離婚経験者だの、波瀾万丈な人生を背負って立候補しているところもすごいな。日本だったら、そのスキャンダルが命取り!みたいな感じでバッシングされてそうだし。まぁ端から見ればよく見えるけど、フィンランドと日本でどっちも長所短所があるんでしょうね。そういえば、フィンランドは選挙権が18歳からだった。マイヤ女史も投票するか、来週聞いてみよう。

一体誰が大統領になるんだろう?気になるぞ、この選挙!
 

ヨウルプッキと、13日の金曜日 [季節]

今週から、巡業再開。
小学校ではヘタクソな三味線を弾き、生徒たちと『さくら』を歌ったり、あいかわらず折り紙をしてみたり。高校では、一昨日は書き初め、昨日は『いろんな着物』大会、今日は『フィンランドのシンボルを漢字で書いてみよう』大会。私が考えた『フィンランドのシンボル』を漢字で書き、生徒たちに賛成/反対を聞いていくという、ナゾの文化討論会をした。例えば、フィンランドと言えば「湖」とか「茸(キノコ)」といった具合に、思いついた名詞を漢字で書いていき、生徒に合っているかどうか教えてもらう、ただそれだけである。

その際に私の彼氏(笑)、サンタクロース(スオミでは「ヨウルプッキ」)氏のことが話題になった訳だが、直訳すると、どうやら『師走祖父』になるんじゃないかということになった(ヨウル=December)。しかしプッキは?という話になり、
「元々は、『祖父』というよりはむしろ『山羊(ヤギ)』なんだけどね」
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という発端から、サンタクロースというイメージ以前のフィンランドのヨウルプッキとは一体何ぞや、という話題になったのである。マイヤ女史が、わざわざネットで調べてくれた所によると、サンタクロース氏は、アメリカ辺りの聖ニコラウスさんがモデルらしい。でもって、スウェーデンがフィンランドを統治しようとした際に、キリスト教化しようとしてサンタさんが出てきたんじゃないかと言う。それ以前の純スオミ産『ヨウルプッキ』氏は、どうも日本で言う所の『なまはげ』みたいなもんではないかと。前にたくみさんもそう言って教えてくれたのだが、高校生たちの話からもそのように思われた。

ヨウルプッキ氏は、12月に現れる。人間に似ていて、動物の頭骸骨(山羊っぽい)を頭にかぶっていて、外見が恐い(イメージ的には『もののけ姫』な感じだろうか)。
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画像は以下のサイトからもらいました。
http://metsanpeitto.wordpress.com/2010/11/22/metsanpeiton-perinteikas-joulukorttisarja/

良い子にはプレゼントをくれるが、悪い子には、木の枝を束ねたものしかくれないそうだ。或いは、木炭だったりもするらしい(もしかすると木炭は違う国かも、と生徒が言っていた)。私個人で以前聞いた話では、イタリアにも似たような存在が居て、その名は『ベファーナおばさん』と言う。年老いた魔女の格好で、良い子にはお菓子をくれるが、悪い子には木炭をくれる。う〜ん、何となく似てるぞ。
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これはヴェネツィア旅の時の写真。おじさんが扮装してたが多分ベファーナおばさんなんだと思う。子どもたちにお菓子を配っていた。

この恐い版のヨウルプッキは、ヌーッティと呼ばれていたそうだ。でもって実は、1月13日は『ヌーッティの日』なんだそうである。ちょっと不吉なイメージだ。

そういうわけで今はサンタクロース観光で食ってるロヴァニエミですが、キリスト教化以前はそんな話もあったんだね。だからクリスマスの時に、軍曹っち実家に藁(わら)で作ったヤギがあったのかと納得がいった。

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オマケにこの細工もクリスマスの伝統的な装飾品なんだそうな。その名前はヒルメリというらしい。

230歳も生きていれば、フィン人の彼氏にもいろんな過去があるということで(苦笑)
いやぁ、今日もたくさん学んだなぁ。

めねー、ロヴァニエメッレ。 [季節]

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ロンドン・ヒースロー空港から2時間40分でヘルシンキ着。わぁ近〜い♪と思えるけど、帰りは時差が2時間足されるから、うれしいようなありがたみが無いような。

日曜今朝は1020のフライトだったので、8時半には空港に居なければならず、早くに宿を出た。
せめて食べ納めに、と空港の店でイングリッシュブレックファストを注文したら、煮豆が付いてなかった、トホホ。やたら塩っぱいソーセージが3本、代わりにあったが、この塩っぱさはフィン人の上を行くんじゃないか?誰かが
「イギリス料理は不味いので有名だが、フィンランドも負けてない」
と言ってたけど、私にはフィンランドの方がよほど美味いというか、イギリスと比べちゃあいくら何でも失礼だろー、と食べながら思った。結局2本残した。

フィンネア機内では、疲れが出たのか爆睡。ヨダレを垂らしそうになって目覚めたら、雲の上に丸い虹のような反射光が見えた。

飛行機に乗ると、重力に縛られ過ぎてるからか(OR 太ってるからか?!)位置感覚が狂うと動悸がする。高所恐怖もあり、緊張し過ぎて窓の外も見られなかったのに、今回、搭乗5回目にしてやっと飛行機恐怖症が回復の兆し。上から眺めたら、ヘルシンキの地上は雪で白くなっていて、黒い部分はほとんどが森だった。この国、良いなぁ。
3月の帰国では、日本まで10時間は乗るだろうから、飛行機慣れ出来て良かったのかもしれない。シベリア鉄道と船で帰国する案は多分無理だろうからなー。

夕飯は、機内でもらったお昼のサンドイッチに、バーで買ったラピンクルタ・ビール。ビールが苦手な私にも飲みやすくて好きだ。

そんなこんなで2020発ロヴァニエミ行きノーウィジャンの搭乗待ちでござんす。

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